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2007年11月 9日 (金)

生活スケッチ-44:「それでもボクはやってない」

映画の話

昨日、周防正行監督の「それでもボクはやってない」を観ました。

「今頃?」ではありますが。

わたしは、今でこそ、ラッシュ時間での通勤はしていませんが、かつて10年以上、ラッシュ時間の電車の中で、押しつぶされながら通勤していました。

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痴漢行為は絶対許せませんが、いつ、自分が冤罪の被害者になるかと思うと、とても怖い現実がそこにあることに気づかされました。

わたしが最も気になったのが、逮捕する権利を持つ警察と、起訴する立場にある検察と、判決を決定する裁判所の関係です。

現在公開中の映画「HERO」は、検察が主人公です。

ドラマでもそうでしたが、警察の資料を基に、独立した立場で検証、判断しながら起訴するのが検察の仕事のようです。

そして、そのチェックを受けた資料を基に、判断するのが裁判所です。

「それでもボクはやってない」では、警察、検察、司法が、国家としてひとくくりの中にあり、有罪確定率が99%以上という実態が、警察、検察、司法の独立とチェックが正常に機能していないことを示していました。

実際、無罪判決が出された鹿児島での選挙法違反に関する事件では、検察のチェックがまったく機能していなかったことが明らかになりました。

また、裁判所と検察の間で人事交流が行なわれていることや、真犯人が別件で証言して冤罪が表面化することもあり、司法が「疑わしきは罰せず」の原則をどれだけ実行しているか疑問です。

この映画を観たあと、ニュースを見ていると、「○○が、△△で逮捕されました。」という事件の報道がいくつも行なわれています。

しかし、実際は、判決が下るまで、逮捕された人は警察が容疑があるとして逮捕しただけであって、犯罪者ではありません。

中には冤罪の人もいるかもしれないのに、わたしたちは、「あれが犯人だ。」という目でみてしまいます。

また、飲酒運転の自動車に橋の上で追突され、子供3人を失った事故の裁判が始まりました。

確かに、その事故を起こした瞬間、飲酒により運転操作を間違ったと確定することは難しいかもしれませんが、被害者のその時の状況を想像すると、この事件で危険運転致死傷罪での最高刑が下されなければ、この法律の意味が無いとも思ってしまいます。

数年後には、わたしたち一般人が陪審員に入る裁判制度がスタートします。

人が人を裁くこと自体に、ある程度のミスが発生することはやむを得ないことかもしれませんが、そのミスをなくすための制度、組織改良が、どれだけ絶え間なく、そして冤罪被害者の立場に立って行なわれているか、とても気になります。

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映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

この映画はまだ見ていませんが、是非見てみたい映画です。
日本の裁判の有罪確定率が99%という事は知っていましたが
、それが警察や検察の優秀さを表したものならいいのですが、各地で発生している冤罪事件の証言を聞くと、とても楽観的にはなれません。
ところで、先日お邪魔した時見せてもらった、イタリア歴史を紹介した本を書店で探していますが見つかりません。
amazonで買おうと思うので本の題名を教えてください。
よろしくお願いします。

投稿: 凛太郎 | 2007年11月10日 (土) 23時32分

凛太郎さん

この映画、映画芸術としての評価というよりも、現在の司法制度の問題点を描いている点で評価できます。

昨日紹介した雑誌ですが
発行:百夜書房
雑誌コード:67613-91
雑誌名:Newtral(ニュートラル) 11号 特集 イタリアという美しい奇蹟

投稿: いさぶろう | 2007年11月11日 (日) 23時28分

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