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2008年2月18日 (月)

四国旅行-15:松山観光-2

松山城観光の後、丘を徒歩で下り、松山城二の丸に向かいました。

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写真、丘の上に見えるのが松山城天守閣です。

ここは、いわゆる藩運営の実務が行なわれていた場所で、城が戦のための施設で、日常には使用しなかったのに対し、この二の丸には、藩主の家族なども生活していたそうです。

天守閣を日常の生活の場、すなわち家として使った武将としてはは、信長の安土城くらいではないでしょうか。

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この写真は大井戸。この石段を降りて水を汲んでいたようです。

天守閣、二の丸を観たわたしたちは、県庁の近くまで歩きました。

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これは県庁舎。

この建物、映画「世界の中心で愛をさけぶ」のロケが行なわれたらしいです。

香川県庁といい、愛媛県庁といい、映画ロケに関係のある四国です。

県庁、裁判所といった公共施設の脇を入ると、そこに、ちらりと「坂の上の雲ミュージアム」が見えました。

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しかし、その前に、「萬翠荘」、「愚陀仏庵」を訪ねます。

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「萬翠荘」は愛媛県美術館分館ですが、県庁と同じく建築家木子七郎によるもので、大正11年に完成した洋館です。

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玄関を入ると、大階段が迎えてくれます。

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白を基調とした部屋、濃い茶色を基調とした部屋があり、当時の優雅な生活が偲ばれます。

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「萬翠荘」の裏の丘を少し上ると、そこに、「愚陀仏庵」があります。

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この建物は、市内から移築されたもので、明治28年、松山中学校の英語教師として赴任した夏目漱石が下宿していました。

漱石は、自らを愚陀仏と号し、その住処を「愚陀仏庵」と名付けました。

そして、その年の8月から10月の間、漱石は、この建物で正岡子規と同居していたそうです。

正岡子規と夏目漱石。

この二人が、この建物で生活し、何を見、何を語っていたのでしょうか。

そんなに大昔でもないのに、とても遠い時代の出来事のように感じながら、「愚陀仏庵」をあとにしました。

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コメント

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投稿: Humphrey31Darcy | 2012年6月 8日 (金) 06時49分

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