生活スケッチ-70:モディリアーニ
前回の新国立美術館の続き。
今回は、モディリアーニの絵について、思ったところを書いてみます。
展示については、彫刻は無く、絵画ばかりでした。
モディリアーニの描く人物の特徴は、アーモンド型の目となで肩と言われます。
この絵が描かれた時代、ヨーロッパ文化圏で、このような人物の抽象化は極めて特殊であったと思われますが、人物をデェフォルメして描く文化を持つ日本人のわたしには、さほど違和感なく、受け入れることができます。
上の写真左側の絵には、目玉が入っています。
これはわたしの感想ですが、目が描かれた作品には、何か違和感がありました。
一方、口びるの形については、どの絵もしっかり描かれています。
そして、もう一つしっかり描かれているのが襟元の形です。
ある男性の鉛筆デッサンでは、非常に柔らかく顔の周辺が描かれているのに、ネクタイの形が、とても強い線で描かれていました。
わたしは思うのですが、われわれはどうしても「目は口ほどにものを言い。」として、目から表情を読み取ろうとしますが、モィデリアーニは、それを単なる形に還元し、キャンバスに投射しなおして、人物画を描いていたと思うのです。
その作業は、同じ時代の作家が挑戦した抽象画とは手法は異なりますが、やはり、その時代の影響を色濃く受け、彫刻に情熱を持っていたモディリアーニの独特な感性が生み出した手法に思われます。
モディリアーニの絵には空気感があると言われます。
それは、口、襟の周辺がしっかり描かれ、その中心から少し離れた目でさえ形状は単純化され、絵の端部にあるスカートの部分等はとてもラフに描き、写真で言えば、絞りを開放して絵の中心部にピントを合わせ、周辺部をぼかしたものと同じ効果があります。
そのため、モディリアーニの絵は、絵から少し離れた位置に、その絵を見るわたしの目を固定するのです。
そして、絵と、絵を見るわたしの間に、ある緊張感のような空気を生み出していると思われます。
上の写真2点には、背景が描かれています。
その背景は抽象画とも言えるものですが、手前の人物より、よりしっかり描かれているため、この絵を見ていると、視点が人物の背景に固定され、背景とわたしの目の間に、人物が漂ってきます。
展覧会では、展示の一番最後に少女の絵がありました。
その絵は、全体が均質に描かれており、わたしは明らかな違和感を感じました。
その絵だけは、離れてみても、近づいてみても、絵の印象が変わりませんでした。
その絵を見て、わたしなりの空気感の解釈に気づいた次第です。
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