映画・テレビ

2007年12月30日 (日)

生活スケッチ-56:CM

今年もいよいよ残り2日。

今年もいろいろなことがありましたが、今年下半期のテレビCMで、わたしの独断によるベスト3を決めました。

第3位

Dsc_0001_2

ドコモのCM、競歩バージョンの最後のシーンです。

携帯のようにサクサク動けと妻夫木君を一括する木村。

妻夫木の競歩につられ競い出す二人、道路で測量中のメジャーがゴールとなって終わるシーンです。

このCMはシリーズ化しており、これまでもこの2人のやりとりは幾つかありましたが、最後にふっ切れたように鞄を放り出す二人の笑顔に笑ってしまいます。

第2位

Dsc_0002

缶コーヒー、ジョージアのCM、麻雀編です。

欽ちゃん、館ひろし、ウルトラセブンが麻雀をしながら、幸せを語り合います。

オチは、ウルトラセブンの「それ、ロンです!」に対し、欽ちゃんが「おまえ喋れるの?」と返す場面です。

ウルトラセブンやウルトラマンが、日常のシーンに登場するCMはありましたが、こんなに積極的に喋るのは初めてだと思いますが、それを何気なく「おまえ喋れるの?」と返す、虚構と現実がごっちゃになり、反転した世界が気に入っています。

第1位

Dsc_0038

これも缶コーヒー、BOSSのCM、温泉卓球編です。

ハリウッド俳優のトミー・リー・ジョーンズが、日本の文化に触れ、様々な感想を述べるシリーズですが、ここでは温泉卓球をしています。

わたしが好きなのは、抜群の存在感を示した阿藤快の一人卓球です。

「何だかなー」の口癖で有名で、リポーター等の印象が強い氏の、一人で盛り上がり、激しく一人で負けてしまうシーンが最高です。

これらのCMは、どれもシリーズ化していると言っても良いもので、CMの中で出演者のイメージが作られ、その閉じた世界の中に商品が取り込まれている状況になっています。

その閉じた世界には、上司と部下の複雑な人間関係も無く、屈託の無い日本人の世界が展開しています。

その虚構世界の心地よさがこれらのCMには確立しており、その世界に、何となく魅かれているのかもしれません。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年11月 9日 (金)

生活スケッチ-44:「それでもボクはやってない」

映画の話

昨日、周防正行監督の「それでもボクはやってない」を観ました。

「今頃?」ではありますが。

わたしは、今でこそ、ラッシュ時間での通勤はしていませんが、かつて10年以上、ラッシュ時間の電車の中で、押しつぶされながら通勤していました。

Dsc_0041

痴漢行為は絶対許せませんが、いつ、自分が冤罪の被害者になるかと思うと、とても怖い現実がそこにあることに気づかされました。

わたしが最も気になったのが、逮捕する権利を持つ警察と、起訴する立場にある検察と、判決を決定する裁判所の関係です。

現在公開中の映画「HERO」は、検察が主人公です。

ドラマでもそうでしたが、警察の資料を基に、独立した立場で検証、判断しながら起訴するのが検察の仕事のようです。

そして、そのチェックを受けた資料を基に、判断するのが裁判所です。

「それでもボクはやってない」では、警察、検察、司法が、国家としてひとくくりの中にあり、有罪確定率が99%以上という実態が、警察、検察、司法の独立とチェックが正常に機能していないことを示していました。

実際、無罪判決が出された鹿児島での選挙法違反に関する事件では、検察のチェックがまったく機能していなかったことが明らかになりました。

また、裁判所と検察の間で人事交流が行なわれていることや、真犯人が別件で証言して冤罪が表面化することもあり、司法が「疑わしきは罰せず」の原則をどれだけ実行しているか疑問です。

この映画を観たあと、ニュースを見ていると、「○○が、△△で逮捕されました。」という事件の報道がいくつも行なわれています。

しかし、実際は、判決が下るまで、逮捕された人は警察が容疑があるとして逮捕しただけであって、犯罪者ではありません。

中には冤罪の人もいるかもしれないのに、わたしたちは、「あれが犯人だ。」という目でみてしまいます。

また、飲酒運転の自動車に橋の上で追突され、子供3人を失った事故の裁判が始まりました。

確かに、その事故を起こした瞬間、飲酒により運転操作を間違ったと確定することは難しいかもしれませんが、被害者のその時の状況を想像すると、この事件で危険運転致死傷罪での最高刑が下されなければ、この法律の意味が無いとも思ってしまいます。

数年後には、わたしたち一般人が陪審員に入る裁判制度がスタートします。

人が人を裁くこと自体に、ある程度のミスが発生することはやむを得ないことかもしれませんが、そのミスをなくすための制度、組織改良が、どれだけ絶え間なく、そして冤罪被害者の立場に立って行なわれているか、とても気になります。

| | コメント (2) | トラックバック (0)