つぶやき-10:9年
本を読んだり、新聞を広げたり。
そうすると何故か猫は寄ってきて、広げた紙面にごろりと寝転びます。
だからと言って、手を伸ばすとかまって欲しい訳ではないようです。
ただただ、私の読みたい新聞に寝っころがっているだけです。
今週も様々な事件が起きました。
そうしたニュースの中で、9年の時を経て、一つの結論が下された事件がありました。
この件については、報道番組や新聞で、いろんな人が、いろいろな意見を述べていますが、その視点や結論が様々であることに気づきます。
被害者の家族が、事件直後から素直な意見を述べ、その言葉の変遷を報道を通して聞き続けてきました。
事件と法制度に正面から向き合い、真剣に考え、自分の言葉の影響力に配慮しながら語った氏の言葉には、重みを感じました。
その一方で、人権派とされる弁護団の言葉がわたしの心に入ってこないのは何故でしょうか。
報道を見てきた自分にある種の偏見があるのか、自分でも正確には理解できません。
・
来年より、陪審員制度がスタートします。
心配です。
若い母親を殺害し、傍らの幼い命を奪った行為が、傷害致死であると主張される司法の世界とは何なんでしょうか。
傷害致死とは、日常の行為の中で殺人が発生してしまった場合を想定したものだと思っていましたが、それは間違いだったのでしょうか。
少年が母親と乳児に対して行なった行為を軽視し、殺意があったかなかっただけを論点として傷害致死を主張する。
このセンスとは何なのでしょうか。
心配です。
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